上高地・田代池大正池の分岐点にて(小石撮影)
◆東京黒百合小品展
時;6月4(月)~10(日)
所;銀座アートホール2F
◆訃 報
●深井 靖氏逝去 享年83歳。
謹んでお悔やみ申し上げます。 東京黒百合会会員一同
◆若松八郎さんを偲んで(4月15日逝去・89歳)
● 森 典生
若松様のご逝去の悲報に接するとは夢にも思いませんでした。無念でなりません。 実は、昨年の東京黒百合会の総会で「事情あって休会されている」ことを知り、帰宅後早速、お伺いやアクリルのお話を頂いたことなどの内容でお手紙を出させて頂きました。 直ぐにご返事がありしっかりした書体で「・・・谷さんのご紹介で入会させて頂き自己流のアクリルのお話をさせて頂いたのが森様のアクリルへの道のすこしばかりの出来事でありましたら望外の幸いです。・・・」との連絡がありお元気のご様子で安心しておりました。北斗展、東京黒百合展では開催中は殆どの日は会場にお出かけになり絵を楽しんでおられました。若松さんのアクリル画の表現に興味を持っていました私は、知識がないまま質問やお話し合いをさせて頂きました。 光学材料の素材や石油化学の発展で絵の具への道が開けたことやアクリル画材の特性を色々とお話いただきました。 それらの内容や私のアクリル画の体験の一部を「会報平成29年5月号 私のモチーフ」に掲載させて頂きました。若松さんは静かに穏やかな話しぶりで、内容は深くわかり易くお話をされる方でした。懐の深い尊敬される人柄で今後何かとお教えいただこうと願っていた矢先のご訃報で残念に思っております。心からご冥福をお祈りいたします。 合掌
2012年(平成24)「インド菩提樹の下で」アクリルM10 画廊;くぼた (写真:後藤)
● 長谷川 脩
若松さんとの出会いは、2012年の北斗展に「インド菩提樹の下で」という作品を初出展された時だった。会期中、毎日会場で来場者を迎えられていた。最近は近くで農園を管理する友人を訪ね、果樹の下でビールを飲みながら談笑するのが楽しみだ、とおっしゃっていた。休会に至ったのは奥様の看病のためと伺っていたので、あまりに突然の訃報にただ驚くばかりである。 心よりご冥福をお祈り申し上げます。
2012年「武内果樹園主」アクリルF20第50回展 画廊:GAH(写真:後藤)
● 田中信子
若松さんは北斗展22回(2012/平成24年)から参加され、以来、ご一緒させて頂いておりました。透明感のあるすばらしい絵のことや静かなお人柄がとても懐かしく浮かんできます。私の娘と偶然同じ高校を卒業されていたとのことで、お話が弾んだ当番の日のことが思い出されて当時を偲んでいます。心よりご冥福をお祈りいたします。
● 若松さんに捧ぐ・・大谷敏久
突然逝かれたことに驚いています。武蔵境にお住まいでしたので、バス停に 座り込んで、長い時間語り合ったことを思 い出しています。絵を描くのに、絵画技術が、テラコッタ、フレスコから油彩等沢山にあるのに、何の因果か、水彩にすっかり惚れ込んでいた私に一大ショックを与えたのは若松さんのアクリルでした。近代化学の素晴らしい結晶の一つに違い ありません。猛烈に魅惑されながらついに 教を請わなかったのを後悔しています。 遠くない内にお会いしますので、改めて弟子入りをお願いするつもりでいます。 合掌
● 江沢昌江
いつも飄々としていて こっそり楽しいことを考えているような表情でした。描かれた絵から伺う 思い出や思いつき、チャレンジのお話がどれも面白かったです。「展覧会に出しているときは毎日欠かさず会場に出ます」という言葉が なかなか出来ない立派なことと深く印象に残っています。 ある日 一冊の漫画本が送られて来て お孫さんのだということでした。こんなおじいちゃん幸せだなぁと微笑ましく思いました。今年の年賀状には「孫の快進撃止まらず」と添えてあったので、アマゾンで 「ガイコツ書店員 本田さん」の続編2巻3巻を買い読んだところでした。かなり面白かったです。有難うございました。
● 谷 岑夫
若松八郎さん御逝去、本当に残念です。小生にとっては若いころから公私にわたって指導してくれた先輩であり、心から信頼し尊敬してきた方だけに残念でなりません。仕事をはなれても一生の友人としていろいろなお付き合いをしてきました。その一つが「東京黒百合会」です。 以前から東京黒百合会の作品ばかりか、会の空気を愛してくれました。懐の深いお人柄を思い起こしています。心からご冥福を祈ります。
2013年(平成25)「TOKIKO」アクリルM15 画廊:くぼた(写真:後藤)
2013年(平成25)「スキー休暇」アクリルM30 画廊:GAH (写真:後藤)
2013年「鎮魂パールハーバー」 アクリルF20 画廊:くぼた (写真:後藤)
● 小石浩治
若松さんは60代前半にアートクラブで絵の手ほどきを受けたそうで、掲載の作品は、一般に見る風景や人物画とは一味違う雰囲気を醸しだしている。初めは油彩を学んでいたが、ある時、アクリル樹脂に興味を持ち、化学(東大農芸化学科卒)の知識が創作意欲を奮い立たせ、アクリル絵具を独学で極め、自家薬籠中の物とされた。体調を崩し2014年秋の会展(GAH)が最後になった。お見舞いの手紙を差し上げたら、返信に下図写真(「ミロを見る」油彩P10)が入っていた。昔、バルセロナのジョアン・ミロ美術館を訪ねた際の印象を、絵を始めて間もない頃、油彩で描いたという。 拡大して(壁掛け)の右下隅を見るとMIRO/ROYOのサインも正確に描いてある。 想い出の油彩画をご霊前にお供えします。謹んでお悔やみ申し上げます。