（3/24～6/24 横浜美術館）
西洋近現代美術コレクションを誇る英国・テート（Ｔａｔｅ）の所蔵品。19世紀後半のヴィクトリア朝の神話画や歴史画から現代の身体表現まで、200年に及ぶヌードの変遷をたどる展覧会が横浜美術館で開催された。 Ａ）展覧会の構成(全８章) １．物語とヌード 会場入口を飾るのはフレデリック・レイトンの「プシュケの水浴」1890年
プシュケは神話に登場する人間の娘の名前。その美貌は女神アフロデティの嫉妬を買った。画家は神話・聖書を題材とした歴史画のみ描くことを許された。本作品は数人の女性のモデルのそれぞれ良い部分を組合わせて制作したという。
２．親密な眼差し、 19世紀後半は女性の日常的な姿が描かれるようになり、あたかもプライベートを覗くような作品に変化した。
浴槽の女性・ドガ 1883年頃
３．モダン・ヌード 20世紀初頭はヌードそのものが独自のジャンルを確立すると、身体を新たな視点で表現する作品が生まれる。
「倒れる騎士」・ヘンリー・ムーア 1960年
４.エロチック・ヌード 愛と性をテーマにした作品が並ぶ。 ロダンの「接吻」発表当初、刺激が強すぎるとシーツで覆い隠された。（後述 Ｂ）
５．レアリスムとシュルレアリスム
Ｐ・デルヴォー「眠るヴィーナス」1944
Ｐ・ピカソ「首飾りをした裸婦」1968
６．肉体を捉える筆触 人体の物質性と内面性を表わした絵画。 7．身体の政治性 女性が男性を描く等。 ８．儚き身体 ヌードに対する視点の共有。
Ｂ）オーギュスト・ロダンの「接吻」 （高183.6×幅110.5×奥118.3ｃｍ） Ａ「展覧会の構成」の４章「エロチック・ヌード」のコーナーは、少し時系列から離れている。以前、「全裸の男女が抱擁するさま」は公衆の面前では相応しくないとされ、別室でのみ鑑賞することが許されたという。 「接吻」(仏・Le baiser)は、展示全130点の 頂点にあり、会場を圧倒していた。 オーギュスト・ロダン（1840-1917）は 彫刻に文学性や情感表現を持ち込み、新しい表現を確立した近代彫刻の父と言われる。 1880年、パリ装飾芸術美術館の門扉となる大型彫刻の注文を受け、ダンテの「神曲」（地獄篇）を題材に、ロダンは「地獄の門」の制作に取り掛かる。
上野西洋美術館/地獄の門
「接吻」は1886年まで「地獄の門」を取り巻く群像彫刻の一つとして構想されたが、テーマに沿わないと判断され、外されて独立した作品として発表された。当初「接吻」は衣装を着けていない像で「フランチエスカ・ダ・リミニ」と題名があったが、批評家たちが「接吻」とタイトルを変えた。ロダンの生存中に創作された大理石像は3体。最初の作品はフランス国家によって発注され、1898年パリで展示（現・ロダン美術館蔵）。残り2体の一つはコペンハーゲン蔵。一つは日本初公開・横浜美術館展示作（テート蔵）。1901~04年。 「接吻」は実話をヒントに制作された。
● 十三世紀のイタリアで起きた実話： ジョバンニは領主で、フランチエスカの家との間に不和状態が続いていた。それを解決するためにフランチエスカは身体に問題のある男・ジョバンニと結婚させられることになる。迎えに来たジョバンニの弟パオロは、美しい花嫁を見て恋に落ちる。しかしキリスト教の教えが支配する世の中、フランチエスカには何もできない。ある日、パオロと一緒に「アーサー王物語」（アーサー王妃は他の男性と恋に落ちる）を読んでいた。 そこを読んでいた時、パオロは物語に自分を重ねたのか、フランチエスカに強く惹かれて抱き寄せる。それを見たジョバンニが嫉妬と怒りに狂い、二人を切り殺してしまう。――――
何故、こんな巨大な像にしたのだろうか。 ―[ 接吻は実に儚く刹那的な行為である。故に大理石の巨大な像にし、ロダンはその一瞬を力強い不滅な存在に変えたのだ] ――ジャストン・パトン氏（オーストラリア州立美術館キュレーター）美術館・動画より ―「芸術において不道徳は存在しない。 芸術は常に神聖である」「私は大理石の塊を選び、必要としないものはなんでも切り落とす」 ―「ロダン名言集」から
まさに「死の接吻」。この男女は官能の業火にさいなまれるのではなく、ロダンはむしろ清純で熱烈な「愛こそ命」を顕そうとしたのだろう。 美術館のチラシ、ポスターの写真は一側面に過ぎない。エロチックと言われた大理石の周囲を歩いて仰ぎ見る。---パオロの緊張した背中、左手に本（アーサー王物語）を持ってフランチエスカを抱きよせ唇を重ねる・・。抱擁する二人の運命が、やがて「死の道」を辿ることを喜ぶかのような「口づけ」である。 1917年、神の手を持つ男と言われたロダン、「地獄の門」は未完のまま、77歳で没す。
