top of page
小石浩治

野口久光展

シネマ・グラフィックス ・映画とジャズを愛した男 ・ 野口久光展 (2/9-3/31  於:横須賀美術館)  昔、小学生の頃、ペンキ屋のお兄ちゃんが赤青黄等入ったバケツを横において、大小の筆と刷毛を 器用に使い、映画俳優の似顔絵を看板に描くところを、時の経つのも忘れて見入っていた。今どき、 ペンキ屋さんと言っては叱られるが、映画のポスター・看板一筋に生き、晩年には紫綬褒章や旭日 小授章を受けた画家・野口久光の“シネマ・グラフィックス展”が横須賀美術館で開催された。 昭和の時代の懐かしい映画の名場面を思い出し感動を新たにした。 [野口久光・1909-1994 栃木県宇都宮市生=東京美術学校工芸部図案科卒、映画輸入配給会社東和 商事合資会社入社(のち東宝東和)、ヨーロッパ映画の日本版ポスターを制作、戦前戦後の約30年で1000枚以上のポスターを手掛け、更にはジャズ評論家としても活躍しながら、レコードのジャケットや雑誌の装丁もこなした。今年、生誕110周年になる]

 野口が30歳の時に「望郷」1937・仏(ジャン・ギャバン)、40歳代では「肉体の悪魔」1947・仏(ジェラール・フィリップ)、「ハムレット」1948・英(ローレンス・オリヴィエ)、画家モデイリアーニを描いた「モンパルナスの灯」1958・仏(ジェラール・フィリップ)=サイズ1565×1170。 50歳で「大人は判ってくれない」1959・仏(フランソワ・トリュフォー監督=ヌーベルヴァーグのきっかけとなった)等の日本版の映画ポスターを作っている。特に野口が「大人は・・」のポスターをトリュフォー監督に贈ったら、監督が大そう喜んで部屋に飾っている写真が展示されていた。 西部劇のジョン・ウェイン「駅馬車」(米)は1939制作・1940年公開だから、野口は「望郷」のポスターを制作していた時ということになる。野口が「ヨドチョーさん」(淀川長治)と並んだ写真も あった。世界に誇る黒沢明の「七人の侍」(1954年)は東宝なのに、この時は映画・雑誌付録・プログラムに「フレンチ・カンカン」1955・仏(エデイット・ピアフも出演)を描いている。

監督は物語を作り俳優の顔や動作をカメラで追うが、画家は物語のエキスとして、俳優の一瞬の動作、表情を紙面に描き表わす。少なくとも映画館の前を通り過ぎる人々の興味をそそるように、看板やポスターを作るには、映画監督同等の感性、アピールする力が必要なのかもしれない。

コンピューターによるデザインが圧倒的に主流となっている現在、スチル写真より手描きポスター の方がずっと味わい深いものがあると改めて思った。 ポスターの吸引力も素晴らしいが、やはり映画館で観る映像の世界、役者の動きや表情に笑って泣いて・・。今でも忘れることのないのは映画・「禁じられた遊び」(仏・1952年/ルネ・クレマン監督)である。  ナルシソ・イエペスのギターの音色は映画の代名詞になっている。 ―STORY (66年以上前の映画だが、もう一度、思い出してみよう) 1940年、戦火に追われた市民が街道を進む中、ドイツ空軍の機銃掃射に遭い、両親と子犬を失った少女ポーレットは、愛犬の死体を抱きながら川沿いを彷徨っていると、農家の少年ミシエル(10歳)と出会う。両親を失ったことを話すと、少年の一家は少女(5歳)を温かく迎え入れる。 ポーレットは「死」と言うものがまだわからず、信仰や祈りも知らずミシエルから「死んだものはお墓を作るんだ」と教えられ、愛犬の死体を人の来ない水車小屋に埋葬する。愛犬が一人ぼっちで可哀そうだと思った少女は、ミッシエルと一緒にモグラやヒヨコなど、様々な動物の死体を集めて次々と墓を作っていく。ついには十字架を盗んで自分たちの墓地にしようと思い立つ。その頃、馬に蹴られて寝込んでいた少年の兄が亡くなり、少年は父が用意した霊柩車から十字架を盗む。葬儀に参列したポーレットが教会の祭壇の十字架を気に入ったので、ミシエルはその十字架も盗もうと教会に行くが、神父に見つかり追い返される。 父は兄の墓の十字架が無くなったのは、日頃から仲が悪かった隣人のせいだと思い込み、喧嘩を始める。 そこへ神父が現れ、十字架を盗んだのはミシエルだろうと明かす。 ミシエルはその場から逃げ出し家出する。水車小屋に隠れたミシエルは、大小さまざまな十字架で飾った墓地を満足げに眺め、こっそり家に戻り自分たちの墓が素敵になったと少女に伝える。翌朝、少女に墓地を見せようとした矢先に、警官がミシエルの家を訪ねてくる。父はミシエルが十字架を盗んだからだと思い込み、ミシエルを見つけて十字架のありかを聞き出そうとする。ところが、警官がやって来たのは、戦災孤児として申告していたポーレットを孤児院に入れるためだった。それまで黙っていたミシエルは、十字架のありかを言うからポーレットを家に置いてくれと父に頼んで、十字架の場所を白状する。しかし父は約束を破り、ポーレットの身請けの書類にサインする。怒った少年は家を飛び出し、水車小屋へ走り、腹いせに十字架を次々と引き抜いて川に投げ捨てる。その時、車のエンジンの音がする。 それはポーレットが連れていかれる車の音だった。少女は人で溢れる駅に連れて来られ、修道女は少女の首に名札を掛け、この場所から動かぬように言われてその場に残される。一人きりになると、人混みの中から「ミシエル!」と呼ぶ声が聞こえる。その声にハッとして、ミシエル!ミシエル!と名を叫びながら走り出し、雑踏の中へ消えていく・・・Fin   

― (映画はここで終わるが、戦争は今も何処かで続いている)

閲覧数:66回0件のコメント

最新記事

すべて表示

投稿

投稿

bottom of page