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執筆者の写真東京黒百合会

寄稿

 「無言館を訪ねて」

               長谷部 司

「戦没画学生慰霊美術館」通称「無言館」は、作家水上勉の子息で詩人の窪山誠一郎、最近亡くなった画家の野見山暁治や戦没画学生の遺族の方々の強い熱意と尽力によって1997年に開館した。初代館長を務めた窪山誠一郎が開館の辞として発表したのが次に掲げる詩である。

―――――――――――――

あなたを知らない

遠い見知らぬ異国で死んだ画学生よ

私はあなたを知らない 知っているのはあなたが遺した

たった一枚の絵だ


あなたの絵は朱い血の色にそまっているが

それは人の身体を流れる血ではなく

あなたが別れた祖国のあのふるさとの

夕灼け色

あなたの胸を染めている父や母の愛の色だ

どうか恨まないで欲しい

どうか咽(ナ)かないでほしい

愚かな私たちがあなたがあれほど私たちに

告げたかった言葉に

今ようやく五十年も経ってたどりついたことを


どうか許してほしい

五十年を生きた私たちのだれもが

これまで一度として

あなたの絵のせつない叫びに耳を傾けなかったことを


遠い見知らぬ異国で死んだ画学生よ

私はあなたを知らない

知っているのはあなたが遺した

たった一枚の絵だ

その絵に刻まれたかけがえのないあなたの生命の

時間だけだ


窪山 誠一郎

一九九七・五・二(「無言館開館の日に」



 この詩を読んだ時から「無言館」を訪ねることを思い続けていながら俗世の雑事に

かまけて果たせなかった願いを一昨年やっと果たすことができた。

いつもの旅であればスケッチブック一冊を携行するだけなのだが、今回は思い入れが

長かったせいか、丸めたF15号のカンバスと束ねた木枠も携えた。万が一現場で描きたくなった場合のためである。


「無言館」は別所温泉行上田電鉄の塩田町駅から30分ほど歩いた山腹に5月の青葉に輝く疎林に囲まれて飾りもなく窓もない打ち放しのコンクリートの建物として静かに立っていた。 


 薄暗い内部は戦没画学生が遺した絵達が放つ重い悲しみで満たされていた。

万感の思いに打ちのめされて館外に出ると嘘のように明るい生命が溢れていた。

気持ちを取り直して組み立てた木枠にカンバスを張る。あとは今日の想いをどこまで画に込められるかの勝負である。



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