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  • 執筆者の写真東京黒百合会

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 ハックルベリーおじさん(2022.07) 長谷川 脩


 今年5月の連休が終わる頃、長野の大町に移住した娘から荷物が届いた。前日、車で30分程の所にある安曇野の柴野さんからお誘いの連絡があり、孫達と一緒に採りに行った野菜(タマネギ、ワサビナ、フキ、コマツナ)だった。これらの収穫物の見事さに思わず声が出た。東京へ送るための箱まで用意されていたと報告があった。

収穫して送られてきた野菜


 2年前、孫の七五三詣で大町に行く途中、安曇野に立ち寄り柴野さんを訪ねた。定年後、出身地の安曇野に戻り、農業を継いで農作業に専念していて、東京黒百合会と連絡がとり難くなっている時だった。三郷温(みさとゆたか)という住所に迷いながら辿りつくと、採った野菜の仕分けを作業場でしていた。母屋と以前アトリエだったという別棟があり、その周りに三反歩の畑が広がっていた。それを一人で管理していることを、日焼けした顔が雄弁に語っていた。ご家族は千葉在住で後継者はいない。ここでの生活の全てを一人で切り盛りしていて、とても80歳を超えているとは思えない元気な様子だった。

 人は年齢を重ねるにつれ、身体はどこからともなく少しずつ衰えていく。人生というキャンバスが縮んでいくのを阻止することは難しい。けれども、引き継いだ畑で身体を動かし、土の状態を確認して種を播き、成長の過程を毎日見守る。収穫に結び付くこのような活動は、心と身体とが環境と一体になり、調和を持って機能している。話しの内容は明晰で、意欲や情緒のバランスが整っている印象を受けた。

 私からは、娘家族が大町に移住した経緯や、東京黒百合会のその後の活動の様子などを話した。春季開催の小品展という展覧会が生まれたことなども説明し、出展者が少ないので是非出展して欲しいと依頼した。その場ですぐに確約の返事を頂いた。

 翌年春、柴野さんから電話が入った。ブルーベリーに似たハックルベリーが実ったので、娘家族に採りに来るよう連絡して欲しい、というものだった。ブルーベリー狩りの経験はあるが、初めて聞く名前で、どんなものか興味津々で出かけて行った。見た目はブルーベリーとそっくりだがナス科の野菜で、ブルーベリーのように採ったその場で生では食べられず、ジャムにする。ポリフェノールの一種アントシアニンがブルーベリーの約7倍と豊富。孫達は移住してから棚田での米作りを体験しており、この時は、ハックルベリーの収穫とタマネギの植え付けを手伝ってきたらしい。初めて会い、印象のとても強かった柴野さんを以後、「ハックルベリーおじさん」と呼ぶようになった。


ハックルベリー


2万本のタマネギ


 令和4年度、コロナ禍で3年ぶり開催の小品展への出展内容を確認した際、柴野さんから出展者全員にタマネギを配布したいとの話があった。出展者の一覧を郵送してからも半信半疑でいた。約束の日に会場に行くと、安曇野発の公営バスで運ばれた3箱が既に会場にあった。箱には、名前ラベルの貼られた全員分のタマネギ袋が入っていた。大変な労力を厭わず運んでくださったことに、ただただ脱帽。

畑作業の一日は早い。日の出前から準備が始まり畑に出る。野菜は人の足音を聞いて育つと言われる。昼食後に仮眠を取るが、すぐに生産者名のラベルを貼った作物を契約店やスーパーに運び、近くの伊レストランへも野菜を卸す。それぞれの店の距離はそれなりにあり、重い野菜を運ぶのに軽トラの運転は必須条件だ。高齢者運転などと言ってはいられない。必要な要件は全てこなさなければならない。今現在を自然体で受けとめることで、生きる力が湧き、畑作業の一切を楽しんでいるのではないだろうか。

[ 畑を耕すことは脳を耕すことにも通じる*1。]

太陽光を浴びる、身体を動かす(運動)、そして土と触れ合うことの三つが身体全体を司る神経系の回復の役割を果たし、土が心に栄養を補給する泉になっているようだ。そして何よりも安曇野の清澄な自然が心を掴んでいる。こうして与えられた心の栄養で気分が爽やかになる。心身全体が元気づけられ、生きる意欲を新たにするのに役立っているに違いない。

創作活動が停滞することなく、継続しているのも、ここに源があるのだと想像している。


*1 :「庭仕事の神髄」 スー・スチュアート・スミス[著]和田佐規子[訳] 築地書館

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