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  • 執筆者の写真東京黒百合会

寄 稿


知のフィールド(2022.06) 長谷川 脩


 北大の広報課が発行しているメルマガに登録し毎月情報をもらっている。4月には札幌キャンパス最古の建物である旧昆虫学・養蚕学教室および旧昆虫標本室を保存改修し、北海道ワイン教育研究センター棟として再生利用するエルムの森プロジェクトの記事があった。それを読んで間もなく再度送られてきたので、先日読んだ筈なのにと良く見ると、届いたのは特別号の号外だった。

 “北海道大学は、イギリスの高等教育専門誌Times Higher Education(THE:ティー・エイチ・イー)が4月28日(木)に発表した「THEインパクトランキング2022」において、総合ランキングで世界10位(国内1位)にランクインしました。”とだけ記載されていた。初めて聞く事なので大学のHPを開いてみた。

 THEインパクトランキング2022とは、気候変動に対する活動やジェンダーの平等,健康と福祉など,大学の社会貢献の取り組みを、国連のSDGs(Sustainable Development Goals)の枠組みを使って評価するというもので、今回は4回目。本年度は基準をクリアした世界1,406大学,日本76大学が評価され得点順位が決められた。28日早朝3時に発表があったらしく、学内が湧いたことは容易に想像できた。日本の大学では初めてトップ10入りしたということで誇らしい限りである。

 工学部に在籍していた者としては、1876年札幌農学校の設立が北大の前身であることは知っていても、サステナビリティへの取り組みや食料生産、フィールドサイエンス、環境科学などに強みを持っている具体例はほとんど分かっていない。調べてみると1986年に国立大学として初めて「キャンパスマスタープラン」を策定し、昨年の「サステナビリティ推進機構」設置まで、数多くの先進的な取り組みを行っていること、また今後も、次世代に持続可能な社会を残すことを推進する、とあった。在学時、他の学部の様子を知る余裕は無かったが、学内の手掛かりを探ったところYouTubeに「知のフィールド」という動画が公開されていた。示唆に富む以下の5編で、7万haにおよぶ世界最大級の広さの教育研究施設の中で様々な活動が繰り広げられている。


#1 : 静内研究牧場「森のなかの畜産研究」

 1950年に農学部日高実験牧場として発足した。札幌から150km、日高山脈の西側山麓に位置している。森林330ha、草地130haを含む470haの土地に、草主体の放牧飼育する肉用牛約150頭と北海道和種馬(いわゆる道産子)約100頭を森林の野草中心で放牧飼育している。

日本短角種という種類の牛の放牧

 大学の研究牧場としては最大の規模を持っている。牧場は、森林、草地、耕地、水系などを含めた一つの傾斜地生態系をなしており、家畜生産に関する総合的な教育・研究の場となっている。現在は、狭義の家畜生産だけでなく、牧場をとりまく生態系を構成する、水、土壌、気象、動植物などを含めた総合的な研究が推進されている。

放牧の山から疾走帰還する道産子

 もともと北海道に馬はいなかった。人間が南部馬を蝦夷地開発のために持ち込み、冬になると馬をほったらかして人間だけが帰っていった。翌春、また新たに馬を持ち込んだ。この繰り返しの間、たんぱく質が豊富な笹だけを食べて冬を越したものが道産子となった。現在、道産子は千数百頭になっており絶滅が心配されている。馬は個性が豊かな動物だと言われている。実験牧場での飼育によって馬同士または馬と人との間の絆がより強固になり、道産子が今後も永続的に保存されていくことを期待したい。


#2 : 札幌農場「地中に広がる生命力の秘密」

 北大農学部の敷地内で模範農園として始まった生物生産研究農場・札幌農場は農学研究と農学教育を建学以来支え続けている。

上空から見た札幌農場

 農場の中には114年前から肥料の三要素であるチッソ(N)、リン酸(P)、カリウム(K)を制御して(雨に含まれるものを除く)、Nのみ与えない区画、Pのみ与えない区画、Kのみ与えない区画、NPKすべて与えない区画、NPKすべて与える区画の5種区画(実験圃場)を作り、その土壌で大豆、ヒマワリ、トウモロコシなどの栽培を行っている。畑を長く管理し見続けることは新しいことを見出すためにも重要で、土壌から植物への元素の移動を制御しているメカニズムや環境要因の影響などを研究している。

N,P,Kが114年間制御されている畑区画

 植物の中には(マメ科のルーピン等)房状の形をしたクラスター根が生成され、ここから分泌される有機酸がリンを使いやすいものに変えて、生育に影響を与えている。花の紫色が特徴のノボタンの一種メラストーマは、強い酸性土壌の中に含まれるアルミニウムをあえて体内に取り込み、無毒化する力を持っている。このように土壌環境に良くない要因があっても、如何に頑強な植物や作物を育てるか、問題が何か、を見つける農学の研鑽が積まれている。


#3 : 余市果樹園「北の大地に実る夢」

 この果樹園は札幌の西約60km、最寄り駅JR余市駅より約2km、積丹半島の付け根にある。果物の研究と普及のために1912年に設立された。約60品種の果物が栽培され、美味しい果物を作ることと、もともと北海道にある資源の良さを見直して有効活用を図る実践研究が行われている。

道内でも比較的温暖な余市にある果樹園

 我々の頃にはなかった全学を対象とした実習プログラムがここで行われている。交通費を払ってでも参加したいという毎年人気の体験学習らしい。実りの秋に、指導員のもとでリンゴの「摘果」「選果」などの作業を行う学生達に、与える影響は、想像するだけで楽しい。

リンゴの種類は20種もある

 果樹の生育には何年もの年月を必要とする。ここでは種々の品種の果樹が栽培されていて、品種改良などのアイデアを長い時間をかけずにすぐに実験できるという利点がある。このことは単一の品種だけでなく、他の果樹への応用にも活かされている。種なしスイカなどを作る胚乳培養という技術を他の果物にも利用して、時間と労力の短縮に役立てている。アイヌ語で「枝の上にたくさん実るもの」の意味がある野生のハスカップは、北海道に自生していたもので、勇払原野を中心に多く見られた。研究者はこの果実を更に有効活用し新たな品種を作り出すことを目指している。


#4 : 札幌農場「未来を切り開く伝統の牛」

建学時より「大学は牧場を持つべきだ」とのクラーク博士の教えのもと、実践の場として附属農場が作られた。1889年アメリカのホルスタイン協会から血統登録された3頭のホルスタイン(敷島、蓮、千鳥)が日本で初めて札幌農学校第2農場に入ってきた。

のどかな札幌農場の放牧牛

 以来、今も代々続く牛の血統が牛籍簿に記録されている。これらの牛は草だけを食べて、ミルクや肉等を提供している。一般的には成分品質を高めるため、栄養価の高い濃厚飼料を輸入穀物に頼っている。ここでは、それらを一切使わず、土と草と牛の循環で持続型の乳製品が作られている。成分品質の中で味や香りのような官能評価を高めることを主眼としており、牧草を中心に据えた酪農のあり方が研究されている。


酪農生産研究施設(牛舎)の50数頭の牛

 搾乳機(ミルカ―)で集められたミルクで作られるアイスクリーム、ジェラートやモッツァレラチーズ等が百年記念会館にある北大マルシェ「Cafe & Labo」で販売されている。

 北大は、キャンパス自体が一つの大きな自然であるという基本的な考えがある。現在も草主体の牛の成育を通した豊かな循環型の酪農が継続されている。このような環境の下で、研究が続けられていると同時に人を育てている。


#5 : 札幌研究林・札幌試験地(実験苗畑)「キャンパスにより添う創造の森」

 北大の研究林は、北海道に天塩研究林、中川研究林、雨竜研究林、苫小牧研究林、桧山研究林、そして本州に和歌山研究林があるが、もう一つ学内に札幌研究林がある。この研究林は札幌試験地(実験苗畑)、豊平試験地、小樽にある忍路(おしょろ)試験地で構成されている。ここの実験苗畑で育てられた苗木は、全ての研究林に届けられ森林保全と生態研究に使われている。

函館本線と石山通り沿いの札幌試験地(実験苗畑)

 1972年の冬季札幌五輪の際、石山通が延長されキャンパスと試験地が分断され、1本の橋が懸けられて往来に利用されてきた。その橋が老朽化に伴い2021年11月に撤去された。


「アノオンシツ」と名付けられたArt Project

 その1年程前から撤去される橋のプロセスを記憶に残すプロジェクトが立ち上げられた。主導したのは、芸術学部の無い北大で数少ないアーティストの一人で科学技術コミュニケーション教育研究部門のパク・ヒョンジョン特任講師。撤去用クレーンの作業スペース確保のため伐採されたイチョウ、アカナラなどの記憶や記録を「アノハシ」と題して残した。また、使われなくなった古い温室を、アートを通したコミュ二ケーションの場として活用し、「北大にアートをインストールする」ことを目標に独自の活動をしている。

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