top of page
執筆者の写真東京黒百合会

イタリア美術巡礼

-----続かたつむり旅日記(2)------  長谷部 司

4月10日(日)ピサ

 今日は日帰りでピサの斜塔見物である。フィレンツェ中央駅から一時間ほどでピサ中央駅に着く。日曜の朝ということで人気のない街は清々しい。


 アルノ川の川面にはまだ朝靄が消え残り、橋のたもとのゴシック風の大理石の小さな教会が楚々として可愛い。

 橋を渡って十五分ほど歩くと「奇跡の広場」の西側の入口サンタ・マリア門に着く。この辺りまで来ると反対方向から来る観光客で門の前は既にいっぱいである。門を入るとすぐ左手に礼拝堂、その向こうに大聖堂、斜塔とピサ様式の壮麗な建築群が一列に並ぶ。 

写真で想像していた広大な空間ではなく、建物がどかどか並んでいる印象で、むしろ狭苦しい空間に感じられたのが意外だった。

 広場が観光客で溢れている上に大聖堂が大き過ぎ、また斜塔との距離が近過ぎるためかも知れなかった。  

広場の縁にならんだ土産物屋の俗悪さはいずこの名所とも同じである。ただ斜塔の伸びやかで洗練された大理石の眩い美しさだけは期待以上だった。

 この時点で大聖堂や礼拝堂の内部の拝観や斜塔に登るために列にならぶ興味は失せてしまい、直ちに斜塔をスケッチする場所探しに専念する。

あらゆる角度や距離から眺め回したあげく、通りに面したあるレストランの店先の日傘の下のテーブルに決める。エスプレッソを一杯注文して、ここでスケッチをさせてくれないかと頼むと、だめだという。

 あとでランチの定食を食べるからと食い下がってみたが、それでもだめである。やむなく、そのテーブルの脇に張られた綱一本を挟んだ隣の敷地に陣取ることにした。椅子がないので、立ったりしゃがんだり不便だったが、描きだしてしまえば、それも忘れてあっという間に時間が過ぎる。描き終わったときには正午を過ぎていた。

  

 疲れてしまったこともあり、わざわざ食事の場所を探すのも面倒なので、いまいましかったが、先刻断られたレストランのテーブルに戻ってランチの定食を注文する。魚料理が売りの店なのに不味いことこの上なかった。口直しの代わりに駅に戻る途中の露天の骨董市で年代物のヴェネチアン硝子の高杯を衝動買いしてしまう。

 長年夢見て来たピサ訪問がたった一枚の斜塔のスケッチとヴェネチアングラスの杯一個に終わってしまったわけである。帰りの車窓の黄昏の景色にも何の興趣も湧かなかった。

 米とジャガイモを団子にして揚げた惣菜とワインで夕食を部屋でとったあと、明日から十日間の移動の間このホテルに残して置く当面不要な荷物を大きいスーツケースに詰め込む。陸上の旅の第一日目がともかく終ったという想いである。  【続く】



閲覧数:12回0件のコメント

最新記事

すべて表示

寄稿

寄稿

Comments


bottom of page