寄稿 幻の地中海クルーズ
- 東京黒百合会

- 7 時間前
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―かたつむり旅日記― (1)
長谷部 司
これは平成二十三年春に体験した七泊八日の西地中海クルーズの日録である。
寄港地は、イタリアのチヴィタヴェッキアから乗船して、シチリア島のパレルモ、サルデーニャ島のカリアリ、スペイン領マヨルカ島のパルマから本土のバルセロナ、次いでフランスのマルセイユに寄港後イタリアのサヴォナ経由でチヴィタヴェッキアにもどるというものである。

船はイタリアのコスタ社が運航する「コスタ、マジカ」乗客三千人、乗組員千人を収容する十二万トンの大型客船であった。
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三月三十一日、木曜、日本
夕刻成田空港内のホテルに到着。ロビーもエレベーターホールも大震災による節電で薄暗く、人影も疎ら。そのせいか建物の古びた汚れが目立つ。
部屋に落ち着いて、これで後戻りはできないと思う。
三陸沖地震の被害が日ごとに明らかになり、国中がその規模の大きさと惨状に衝撃を受けている最中、自分ひとり日本を離れて旅に出ようとしている。それも地中海クルーズとイタリア美術巡礼という呑気な旅に。
美談としては即座に旅行をキャンセルして被害地に駆けつけるべきであろうが、現実には全国的な自粛ムードを振り切って予定通り明朝アリタリア航空でローマに旅立とうとしている。
半年以上前から船やホテルの予約を含め用意万端周到な準備をして来て、今さら長年の念願だった今回のひとり旅を、キャンセル費用を払ってまで取り止めたくないというのが本音である、と居直ってみたもののいささか疚しい気持ちをまったく追い払えるものではない。
窓の外では空港ターミナルビルをとりまく高速道路の外灯が節電の影響もなく首飾りのように連なっている。殺風景な部屋の天井を見上げながらなかなか寝付かれない。
四月一日、金曜、成田―ローマ
ひと昔前に戻ってしまうように閑散とした薄暗いターミナルビルで、宅急便で送っておいた大きなスーツケースを受け取り、海外用の携帯端末をレンタルしたあと家に電話する。
今回の旅に妻は同行しない。船酔いと欲張った強行日程が表向きの理由だが、長年の間に明らかになったそれぞれの状況判断や事態への対応の仕方の根本的な相違が、二人だけの長期間の海外旅行の場合には逃げ場のない地獄と化すことにお互い懲りているのが本当の理由である。
エコノミークラスの十三時間のフライトの辛さは覚悟していたが流石に後期高齢者の身にはこたえる。窮屈な姿勢以上に絶え間ない飛行音は拷問である。現役時代は当たり前だったビジネスクラスさえ現代社会の格差の象徴に見えてくる。しかもエコノミークラスにもチケットの多寡によって利便に格差がある。アリタリア航空の機内食もコスト切り詰めが見え見えの粗末なものだった。
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二十一年ぶりに降り立ったローマ空港は、効率的な成田と比べてどこか地方空港の田園的な雰囲気が残っているように思えた。ローマ市内への直行電車も鉄の箱を思わせる旧式な車両で窓ガラスも汚れたままである。テルミニ中央駅までたしかにノンストップではあるが速度は鈍行なみ。しかもテルミニに着いてからも中央改札出口まで大荷物を持って八百メートルも歩かなければならない。国際列車や国内特急電車以外の整備まで手がまわらないのがイタリアの国鉄の現状なのであろう。
暗くなった街に出てインターネットで予約しておいたホテル・アッシジに向かう。擦り減って凸凹な石畳の道を重いスーツケースを引っ張っていくのが容易でない。飛行機を降りてから宿に着くまで数時間しか経っていないのに、久しぶりの異国での一人旅の気疲れで部屋に入るなりベッドに倒れ込んでしまう。
作者・長谷部さんのご了解を得てこの頁に、関連する資料・写真を掲載しました。未だ行ったことのない土地の情報を追加することで、この旅行記の中身がより一層身近に感じられることを願っています。 長谷川
チヴィタヴェッキア
1615年、慶長遣欧使節団の支倉常長がチヴィタヴェッキアに上陸した。この縁で支倉常長が出発した地である宮城県石巻市と姉妹都市協定を結んでおり、支倉の銅像が建立されている。東日本大震災の際には、この縁からチヴィタヴェッキアと自動車メーカ・フェラーリ両者が被災した石巻市に義援金を送っている。現在も大型客船の寄港地としての活用が進んでいる。

チヴィタヴェッキア港

ミケランジェロ要塞
港湾防衛のための要塞があり、上部のマスキオと呼ばれる塔はミケランジェロの設計によるもので要塞全体の名前になっている。この要塞はローマ帝国時代の建築物の上に建てられており、おそらくローマ海軍の兵営であったと考えられている。ミケランジェロの設計によるチヴィタヴェッキア港に建つ古い城壁から残された要塞。厚い壁で出来ており、旧市街を海上からの攻撃に備えを固めた印象的な建造物。
テルメ・タウリーネ
テルメ・タウリーネは市内の北部にあるローマ時代の浴場の遺跡が残る温泉地。現在も市民に人気がある。古代ローマの公衆浴場は、パルネア、テルマエと呼ばれ多くの都市に少なくとも一つの公衆浴場が存在した。そこは社会生活の中心のひとつになっていた。

テルメ・タウリーネの旧遺跡
アリタリア・イタリア航空
かつて存在したイタリアの航空会社。社名の「アリタリア」は「翼」を意味する「アリ」と「イタリア」を掛け合わせた造語。2021年。慢性的な経営不振と、新型コロナウィルス感染症の世界的流行を原因とする国際線需要喪失のため、政府による国営化が決定し、新会社ITAエアウェイズへ経営が引き継がれた。
ローマ・テルミニ駅
テルミニの名称は、駅近くにある古代ローマ帝国のディオクレティアヌス浴場の遺跡があり、古代ローマの公衆浴場を意味するテルメに由来する地名から名付けられたという意見と、テルミニは終着の意味で、この地点に古代水道の終着点が集まっていたことから付けられたとの意見がある。
パリ、ミュンヘン、ジュネーブ、バーゼル、ウィーン等に向かう国際列車が毎日運航されている他、全てのイタリア主要都市に定期的な列車の便がある。ローマ近郊鉄道の各線の始発駅でもあり、
プラット・フォームは29あって毎年1億5000万人の乗客を抱えるヨーロッパ最大の駅の一つになっている。

ローマ・テルミニ駅のプラット・フォーム

ローマ・テルミニ駅・正面建屋

![寄稿 「金婚の日」[八][九] 最終回](https://static.wixstatic.com/media/11062b_5ce0aac08ae94b13bbcebd9f440a537c~mv2.jpg/v1/fill/w_980,h_708,al_c,q_85,usm_0.66_1.00_0.01,enc_avif,quality_auto/11062b_5ce0aac08ae94b13bbcebd9f440a537c~mv2.jpg)
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