top of page

投稿“ 誰も貰っちゃ くれないし”

  • 執筆者の写真: 東京黒百合会
    東京黒百合会
  • 1月1日
  • 読了時間: 2分

「コメ騒動」 小石浩治


①「田おこし終えて」2003年

  演歌(♪紅とんぼ)ではないが、(古キャンは)“誰も貰っちゃくれないし”、加えて狭い部屋を占領しているからなんとかして・・

と苦情を言われるので、断捨離を決意し木枠と画布を分離(釘抜き)して廃棄することにした。捨てるに当たり、改めて作品を見ると、以前、近くの舞丘公園を散歩中、農作業の風景を見て構想が浮び、会展の出品作としたものだった。制作年を見ると、その時の気分次第で農作業風景を画題にしたもので、農作業の順序を意識したものではない。コメ作りの一連の農作業風景がたまたま順序よく揃ったものである。                  



②「田植え」 2008年

 「“田おこし”終えて」は、田植え前に田んぼの土を耕して肥料を混ぜ、地力を向上させる作業がある。その作業(現在はトラクターを使っているようだ)を 地元の有志・若い娘たちも終えて、湧き水のところで、娘たちが無心に白い足を懸命に洗っている。

 「田植え」は、地方によっては、男たちの笛や太鼓のハヤシに合わせ、娘たちが田植えする、いわゆる早乙女に代わり、地元の有志が農協の指示に従い田植えする。



   ③「はせ掛け」2018年

 「はせ掛け」は、「稲刈り」(刈り取った稲は水分が多い)稲を天日で乾燥させるため、稲架にかける作業。 

  これも家族総出の場面を視点に描いたもの。 


④ 「脱穀」1999年      

 「脱穀」は、収穫した稲穂からモミを分離する作業(コメ農家によってはコンバインで稲刈りと脱穀を同時にする)。ここは昔風に足踏み脱穀機で脱穀する。

 子供が親の作業を見て稲穂を抱えて待機している。 

  

 思えば1999年の「脱穀」は、稲束を抱えた少年の姿が作画の視点であったが、この頃からコメ作りが家内労働のため、後継者が居なくなったのだ。 毎日天候を心配し、日照りに怯え、害虫駆除等々、気を許す暇がない。それを考えると<ご飯は一粒残さず食べなさい>と言われるのは当然だった。しかし現代は必ずしも米飯が主食ではなくなった。

 かの少年はその後26年経つが、今はどうしているだろうか。

 生産→貯蔵→販売 の流ればかり注視するのではなく、大元の生産構造にこそ注力し生産者の確保と生産環境の整備、魅力ある職業にすることだろう。<誰も働いちゃくれないし>と嘆く前に、国が二宮尊徳になって鍬を持ち、荒れ地を美田に変え、日本のコメ産業の柱を作る。さすれば世界からも引き合いが来る・,

 国内にあってはコメ騒動等起きない・と思うのだが。

最新記事

すべて表示

コメント


bottom of page