江澤昌江
消しゴムハンコ
絵を描くことと同じくらい消しゴムハンコが好きです。家の中でのお楽しみ時間が多かった今年は消しゴムハンコがはかどりました。
さて消しゴムハンコと消しゴム版画は違うのかと考えてみると、個人的には、版画は絵を描くような気持ち…で単色にせよ多色にせよ作品を作る…わたしは“ハンコ”が好きで なにかもっと伝えたい情報をカタチにするとかなるべく小さいものを目指すとか様々な縛りをかけた窮屈な設定が楽しみです。
ちなみに道具は色々ですが、わたしは市販の普通のカッターナイフだけで彫るのが好きです。消しゴムも平らな面があればなんでもよいけれど、専用のはがき大の消しゴムがあってこれだと好きなカタチに使えます。
春先には疫病退散的な内容のカードをいくつか作りましたが、夏ごろには好みの文章を図にしたものと文章そのものを彫ってみることにしました。ほぼ名刺大の紙の為に文章を彫るのは結構たいへんで、何行なら可能なのかとかこの漢字は上手く彫れるかしらとか…、長い文章ならどこを切り取るかなどいろいろ検討します。それからその文章にあった図を考えます。彫る作業はとても集中するので 目玉が寄ったり体が凝ったりはするけど精神的にはとても良い気分転換になりリラックスできます。
句読点を落としてしまったりしないよう息を詰めるようにしてやっていると 米粒に写経する人に共感できそうです。しまいには一度しか必要のないものまでまずハンコに彫ってという気持ちになってきました。手書きより手彫りの文字のほうがしっくり落ち着く気分。
先日、この会の友人の笠木さんから紙やインクについて面白い助言をもらいました。版画で言うと摺るというところ、自分ではスタンプパッドの色を選ぶくらいの意識でしたがまだまだ面白いことが出来そうです。
消しゴムハンコの材料
一泊写生会で小諸城址公園に行ったとき、公園内に島崎藤村の記念館があり以前読んだ「せみのはおり」が展示の中にありました。釧路育ちなので蝉には縁がなかったけど、今年の夏友達の写真で孵化したての蝉はヒスイ色だと知りました。藤村の童話は現実のことなのでした。というわけで早速消しゴムに彫りました。
以下が全文です。童話のようなエッセイみたいな文章です。
せみのはおり 島崎藤村
生まれたばかりの青いせみがわたしのほうへはって来ました。
「おやおや、いいはおりを着ましたね。」
と、わたしがいいましたら、せみはからから出たばかりのような子どもでして、
「ええ、わたしどもも夏のしたくです。」
せみが答えました。
わたしもびっくりしました。せみの子どもが着ているはおりは、ひすいという玉の色にもたとえたいような美しいものでしたから。
「わたしはまだ、そんな美しいものを見たことがありませんよ。」
と、わたしがほめましたら、せみもゆめからさめたばかりのような静かな目つきをして、うすいすきとおるようなはおりをすずしそうに着ながらわたしの前をはい回って見せました。そのせみは高い声で鳴くことも知らず、木と木の間を飛び回ることも知らず、遠い先のほうのゆめでもみているようなおさないものでした。
わたしは二度びっくりしました。その青いせみのはねは、わずか一ばんのうちに、ふつうの親ぜみと同じような、黒ずんだ色に変わりかけていきましたから。
そのときわたしもそうおもいました。
せみには、青年のときというものがないのかしらと思いました。
あのせみたちは、子どもからすぐにおとなにとぶのかしらと思いました。
消しゴムハンコ…せみのはおり
三面鏡のように三つ折りにした紙に押しています。表紙を右に開くと空蝉の図と文章、次に空蝉を左に開くと蝉と残りの文章としました。
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