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執筆者の写真東京黒百合会

風景との対話

別れは何時も唐突に訪れる

 長谷川 脩 (昭42工・電子)

 「別れは何時も唐突に訪れる」と言われる。東京黒百合会のTさんの訃報が届いたのは平成30年の夏だった。最初にTさんと話をしたのは、描いた絵の巧みな技法について質問をした時である。

 この知らせの僅か2ヶ月前、Tさんの出身地、越後湯沢で会の写生会が開かれたばかりだった。Tさんは参加されなかったが、小学校の同級生が営む宿に泊まり、天候にも恵まれて、谷川連峰の一つ大源太山の麓や土樽公園近傍での写生を堪能してきた。

 翌年、秋の東京黒百合展への出展は、Tさんもしばしば郷里の川を描いていたことを思い出し、鎮魂の意味を込めて、スケッチした「魚野川」を10号の油彩にまとめた。

 展覧会に来場された方々と歓談して、教えられたことがあった。「魚沼を流れる川」が訛って魚野川になったと話した方は、自分も渓流釣りに出掛けたのは「ここだった」と言われ、水質と水量が魚沼地方の産業の基盤であること、魚影が濃いことを話してくれた。更に、陸上の瀬古選手を育てた恩師・中村清は、趣味の渓流釣りに来たこの魚野川で足を滑らせて死亡したのだとも教えてくれた。

 そのような事柄を何も知らずに描いていたが、恥ずかしかったのは「何という山?」と聞かれて答えに窮した事だった。スケッチの場所から谷川岳が見えないことは知らされていたが、その他の山々(近景、中景、遠景ともに)の名前は全て分かっていなかった。急ぎ絵の写真を撮り、スケッチをした場所を明示し、魚沼市観光協会に問い合わせをしてみた。すると、すぐに返事があり、送った写真の山々の頂きから引き出し線が引かれ、全ての山の名前が手書きされていた。

 左手前:荒沢山の裾野、右手前:タカマタギの裾野、中景左:清水グラ、中景右:北ケドノ頭、後景左:(左から)大障子ノ頭、万太郎山、後景右:(左から)エビス大黒ノ頭、仙ノ倉山(どれも初めて知る名前ばかりだった)

 また、いつも来場される方が、この絵を玄関に飾りたいと申し出てくださった。もともとTさんへの鎮魂を意図したものなので、Tさんにも喜んでもらえるのではと思い、ご厚意を受けることにした。展覧会が終了し絵の発送を終えて間もなく、玄関ではなく居間に飾ったという写真入りのお手紙を頂いた。


「魚野川」 油彩,  P10,  2019/09


 それから、暫く経ってからのことだった。NHKで放送中の「グレートトラバース3」第23集(知られざる絶景)を観ていた。この番組はアドヴェンチャーレーサーの肩書を持つ田中陽希(36歳、富良野育ち)が、三百名山全ての完全人力踏破に挑戦するドキュメンタリーである。23集は尾瀬の至仏山から谷川連峰へ抜けるルートだった。谷川連峰の縦走を始めると、新潟側から群馬側へ峰を越え勢いよく流れ落ちていく雲、息を呑む絶景「滝雲」が現れた。トレーニングを始めた頃に彼は、連峰の縦走が厳しく途中棄権したとのこと。連峰というのは谷川岳に続く万太郎山、仙ノ倉山で「魚野川」で描いた遠景の山並みである。今回、厳しい縦走を果たし、若い時の苦い経験を乗り越えた表情は晴れやかだった。描いている時、この遠景の山々がそれ程にキツイとは想像も出来なかった。自分が縦走することは難しいが、この番組で図らずも疑似体験をした。

 魚沼の風景に身を置いてスケッチをした絵が、いくつもの物語を育んでくれた。改めて、心からTさんの早逝を悼み、安らかなご冥福を祈った。


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