風景との対話
- 東京黒百合会

- 1月1日
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坂の街小樽
青木 康明(S47教育)
ご存じの通り、小樽は港の街である。そして、天狗山を背にした坂の街でもある。
近年、知らない人との会話の中で小樽出身であると告げると、
「きれいな街ですね」といった反応が返ってくるのだが、これは市が観光に力を入れ始めた以降の、運河から港にかけての整備された一帯を見ての感想だろうと理解している。
自分は、小学校から昭和47年大学卒業までの青春時代をこの街で過ごした者であるが、その頃の運河付近や港の一帯は観光客が訪れるような場所ではなく、専ら港湾業に携わる人達が行き交うようなところであった。逆に、運河より山側の地域は、今とは違って、地元住民達の生活で賑わい、活気に満ちていた。
私の家は天狗山に程近い位置にあったが、街中へはいつもバスなど使わず歩いて行ったものだ。小樽の街は歩いて回るのに丁度よい位の規模ではあるが、今思うと坂道をよく歩いたものだと改めて感心する。
家から街中に向かう途中に小樽公園がある。新緑の頃、ここから望む小樽湾の景色が特に好きだった。木々の緑の合間から見える小樽湾の茫洋とした眺めとその先の海岸線は一幅の絵のように記憶として残っている。
小樽公園はお祭りや花火大会等いろいろな行事の中心地で、公園通りに沿ってよく夜店が立ち並んだのを憶えている。また、公園通りの一角にはミルクホールがあり、散策の途中にソフトクリームを食べ一休みするのがお決まりだった。
公園通りをさらに下ると「花園銀座通り」と呼ばれる当時一番の繁華街であった通りに出るのだが、格段、用も金もなく本屋で立ち読みしたり喫茶店で漫画を見て暇つぶしをしたりするのを唯一の楽しみとしていた。
ぶらぶら歩きを再開し、通りを小樽駅方面に向かって進むと、妙見市場やニューギンザデパートといった地元民御用達の店の活況が伝わってくる。さらに歩を進め、都通り商店街のアーケードを抜けると駅前通りへと出るが、小樽駅の、名曲「小樽の人よ」の歌詞そのままの、風情ある姿を間近に見て、散策を終える。
さてその先はと言うと、バス通りに沿って、ひたすら坂道を上って家まで帰るのだが、当然乍ら、帰りの足はいつも重かった。

小樽公園から望む小樽湾

小樽駅前の風景




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